2016.07.02 【103日連続投稿】
100日連続投稿して思うことを3回に分けて書いています。
↓第1回目の記事↓
本日のつれづれ no.137 〜100日連続投稿して思うこと① 〜 - 名前?苗字? ひろやすの生き様ブログ
第2回目は、2016年1月19日から3回目のチャレンジが39日で終わったところから書きたいと思います。
39日間続けてみて、やる気があるから続けられるという今までの僕の先入観はぶっ壊れました。
頑張らない。
力を抜くことが大切。
気持ちが乗らない時どうこうしようとしない。
ただやると気持ちがあとから乗ってきたりする。
それが案外心地よかったりする。
でも、なんで続かなくなってしまったのか?
それはブログに関しては、やる気を出してなかったけど、
やる気次第で動く疲れる生き方をしていたからだと思う。
やりたいことはやる。
やりたくないことはやらない。
でも、やりたくなくんてもいつかは向き合わないといけない課題に直面したり、
突然思いもよらない出来事が自分の身に起こるかもしれない。
やる気で動くどころじゃないことが起きた時でも、やりたいからやりたくないからで生きるのか。
ブログへのやる気がなくても、
エネルギッシュでいたい時もあれば、
あーもう何もしたくないって時もある。
そうなると、あーもう何もしたくない時はブログを書くことすらしたくない。
書かなかったところで生きるの困らないしなって気分になった。
言うなれば、自分と向き合いたくないって時だった。
向き合うと辛い、しんどい、苦しい時。
それを隠すかのように人前ではエネルギッシュでいようとする。
そんなかなり疲れる生き方をしていたんだと今となっては思う。
自分に蓋をしても良いことなんてない。
いつか抑えきれなくなる時がくると思う。
僕は抑えようとすればするほど苦しくなることを経験した。
だから、書けなくなってもブログを通じて自分と向き合うようにした。
忘れたほうがいいよって言葉はあんまり好きじゃない。
その人が自分が受容する力がないって言ってることに等しいと思うから。
自分と向き合うってことは、自分の心の声に耳を傾けるということ。
本当の自分の心の声を聞いてあげられるのは自分だけ。
自分の声を人を伝えることができるのも自分だけ。
僕がやってるブログは自分の声を聞くツールなんだ。
そして、3月22日から4回目の書くことを始めた。
本当は、3月22日からの振り返りを1記事にまとめようと考えていたけど、
今だから3回目の書く経験が僕がどんな意味を持っているのか確認できる機会となった。
次がいよいよ最後の3回目だけど、次でまとめきれない気がしてきたぞ。笑
おわり。