読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

名前?苗字? ひろやすの生き様ブログ

「ひろやす」と聞いて、名前だと思われる方が大半です。

本日のつれづれ no.153 〜シゴトは何やってもいいんじゃないか?〜

本日のつれづれ

2016.07.22  【123日連続投稿】

 

教師になって初めての夏休みになって時間の余裕がさらにできました。

 

社会人になって、学生の時より自由の時間が多くない⁈と思ってたんですが、

 

夏休みになって仕事も通常と比べたらゆっくりしていると感じます。

 

帰りの電車の中、ぼーっとしてると1年前の自分と重ねていました。

 

1年前というか学生の時の自分と重ねていました。

 

学生の時のシゴトに対しての考え方と今の考え方について、

こんなにも変わったのかって感じでした。

 

学生の時は、一生を懸けてやりたい志事を探そう!!!と思ってた。

(その割には、動いていなかったんだけど。)

 

どんな志事をするかで選んでいた。

 

でも、自分にとって一生懸ける志事ってそんな簡単に見つからない。

 

裏を返すと、仕事を差別化していたのかもしれない。

 

こんなことはやってられないとか。

給料がほどほどよくて、土日休みも確実取れてとか。

 

自分の理想に当てはまらない仕事はまず眼中にない感じ。

 

よく「好きなことを仕事に!」「やりたいことを仕事に!」みたいなことを聞く。

 

この世に何種類の仕事があるのか知らないが、やりたそうなこと全部やって決める時間なんてあるのか?と思ってしまう。

 

仮に「やりたい仕事」に就けたとしても、それが全てではないだろうし、幸せに直結はしないんじゃないかと今になっては思う。

 

例えやりたかった仕事でなくても「贅沢しなければ自分の生活ができて、誰かの役に立っていれば何も問題ないんじゃないか」って思う。

 

誰かの役に立っていると思えれば、自然とやってることに喜びを覚えていくようになると思う。

 

自分のやりたいことがあるなら、追いかけていくのも一つの手段だ。

 

学生の時の僕はあまりにもその手段がキラキラに溢れて見えて、どうも窮屈な考え方でいたんじゃないかと思う。

 

どんな道もそれを深めていけば同じような境地にたどり着く気がしている。

 

だから、「仕事を通じて何をしたいのか」、「大切にしたいことは何なのか」

 

これが明確にあるのであれば、進む方向も見えてくるし、全く問題なんじゃないかな。

 

働いてる中で見えてくるものが必ずあると思うし、先を急ぎすぎない。

 

僕は、階段を何段も飛ばすような進み方はしなくていいなって思った。

 

何段も飛ぶべき時はその時だってわかると思う。

 

学生の時は遂に選ぶ時期が来たなって思ってたけど、

日々選んできた結果、今があるんだよな。

 

そこは履き違えないように心に留めておこう。

 

今だから、今を大切に、今を味わって、生きる。

 

そしたら気づけば、志事に出会ってるんじゃないかな。

 

おわり。