読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

名前?苗字? ひろやすの生き様ブログ

「ひろやす」と聞いて、名前だと思われる方が大半です。

本日のつれづれ no.192 〜生きがいを求める「欲望」 「普通がいい」という病より〜

2016.09.04  【166日連続投稿】

 

生きがいを求める「欲望」

 

 ボランティアについても、同じようなことが言えると思います。阪神淡路大震災のときにいろんなボランティアが駆け付けました。ところが、そういう人たちの中に、生きがいを求めて駆け付けてきたひともあったようです。あとで被災者の一部から、「ボランティアに来てくれるのはいいんだけど、ありがた迷惑なことも結構あった」という感想が聞かれたようです。「自分たちでも出来るようなことまで手伝われてしまって、そこまでされては自分たちが何もできない人間になってしまう」と。

 ボランティア活動というものは、生きがいを求めて行うべきものではありません。つまり、被災者という弱者を助けるという名目で「欲望」の対象にしてはならないということなのです。これは実に見落とされやすいところではないかと思います。

 私たち医療関係者も、困っている人を相手にしているわけですが、決してそこに生きがいを求めてはならないのと同じです。自分が生き生きしたいからとか、他人に必要とされることで自分の存在価値を確かめたいからといった動機で医療行為を行うことは、患者さんを「欲望」の対象にすることです。そうすると、そこには必ず「偽善のバナナ」が混入してしまい、患者さんが指示通りに薬を飲まなかったことにヒステリックに怒ってしまったり、「先生だけが頼りです」と言われることが嬉しくてどんどん依存させてしまうような関わり方をしてしまたりすることになりかねない。これは、教育・福祉・宗教など自分より弱い立場にある人間を相手にする職業すべてについても当てはまることではないかと思います・

 自分の生きがいは、他人を巻き込まずに自分自身できちんと得ることがまず大切な基本だと思います。そのベースがあってはじめて、他者と「欲望」を混入しない関係が結べることになるわけです。これがわれわれが誰にもできる、「愛」への道筋ではないかと思うのです。

 

著:泉谷閑示  「普通かいい」という病より

 

「偽善のバナナ」の話

↓↓↓

本日のつれづれ no.117 〜5つのバナナ 「普通がいい」という病より〜 - 名前?苗字? ひろやすの生き様ブログ

 

おわり。