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名前?苗字? ひろやすの生き様ブログ

「ひろやす」と聞いて、名前だと思われる方が大半です。

本日のつれづれ no.205 〜生徒指導?いや、変わるのは大人じゃないかな〜

2016.09.20  【182日連続投稿】

 

今日は台風の影響で、学校はいつもとは異なる1日となりました。

 

給食を少し早め、食べ終えて保護者の迎えが来たら子供たちは帰って行きました。

 

15時前には、全員が下校でき職員にとっては事務仕事などができる時間が増えた気持ちです。

 

その時間を利用して、臨時で5人の先生(自分も含めて)話し合いが行われました。

 

その話し合いは一人の生徒の進路の共有と今後の指導方針を話し合いました。

 

その子の担任の先生としては

「あの子は就職できるだろうけど、おそらく長く仕事はできないだろう。人と良い関係を築くことが苦手だし、言われることを覚えることもなかなかできない。いや、仕事内容を覚えられないのはそこまで大した問題じゃなくて。学校で見せる態度をそのまま卒業後も職場で続けていくとなると、仕事が嫌になると思うんです。だから、その子が周りから注意などされた時に自分のここが悪かったんだと気づくことができるように指導してやりたい。」

 

こんな想いを持たれていて、普段関わりが多くある先生で方向性を揃えていくことを話し合うんだろうなと思っていたら。

 

「でも、どうしたらいいのか分からないので、助けて下さい。」と一言。

 

「助けて下さい」の言葉の裏には、自分はこの生徒とどう関わっていいのか分からない。何か言えば反抗されて、嫌われて、自分一人では手をつけられない。だから、周りの先生から厳しく注意して下さい。フォローは私がやりますので。というニュアンスであった。

 

「いやいや、ちょっとおかしくないですか?」

 

自分がその生徒から嫌われるのが怖いがために、担任が言うとクラスが回らなくなるとか、言い訳を並べて、逃げようとされているようにしか僕の目には映らなかった。

 

周りの先生は、「それだけそのこの事を考えてるならきっと伝わりますよ」と勇気づけていたが、意味はなさそうだった。

 

僕自身もその時、「なんか違うな」という感覚しかなくて自分から見るその生徒の実態を話すことしかできなかった。

 

むしろ、「普通の高校生じゃない?そんなに問題があるようには思わない」とさえ思えてきた。

 

もしかしたら、教師が教師として問題視しているだけかもしれない。

 

そして、その生徒と私たち教師の関係の築き方に問題があると思えてきた。

 

その話し合いでは、「この生徒のこういうところを『治さないとな』」というように「治す」「矯正する」ような事をしなければならないという言葉が沢山出て嫌になった。

 

結局、指導の方針方策は決まらず

「とりあえず、各自その生徒の行動に目が余ると思ったら各々の方法で指導をお願いします」ということになった。

 

僕はもうシンプルだなぁと思う。

その生徒にこれまで以上に関心を向け、対話すること。

僕がその生徒と関心を寄せ合うことができる関係を築くことで、人と関係を築くということを伝えたいと思った。

 

子どもを変えるのではなく、教師自らがその子どもに向き合う姿を通じて子どもは学ぶことを信じること。それは、教師自身が変わることなんだと思う。

 

おわり。