2017.07.28 【494日連続投稿】
古き日本を実見した欧米人の数ある驚きのなかで、最大のそれは、日本人民衆が生活にすっかり満足しているという事実の発見だった。それはいかにも奇妙なことに彼らには思われた。なぜなら彼らは、日本は将軍の専制政治が行われている国で、民衆は生活のすみずみまでスパイによって監視され、個人の自由は一切存在しないと聞かされていたし、実際に来訪して観察したところでは、それはたしかにこの国の一面出会ったからである。オリファントは一方では「日本人を支配している異常な制度について調査すればするほど、全体の組織を支えている大原則は、個人に自由の完全な廃止であるということが、いっそう明白になってくる」と言いながら、他方では「個人が共同体のために犠牲になる日本で、各人がまったく幸福で満足しているようにみえることは、驚くべき事実である」と書かざるをえなかった。
いかに奇妙であろうと、いかに矛盾と思われようと、日本人大衆の顔に浮かぶ紛れもない満足感と幸福感は見誤りようがなかった。彼らの誰もが驚きをもって認めたように日本人大衆には礼節と親切がゆきわたっていたが、彼らが幸福であり生活に満足していればこそ礼儀正しく親切であるのだということに気づかねば、彼らはそれこそ盲目というものであった。従って彼らはこの一見矛盾と思われる現象の由って来るところを解明しようとして、いっせいに考察を試みたのである。
渡辺京二『逝きし世の面影』p.262
おわり。