2017.09.21 【549日連続投稿】
リンダウは一八五九(安政六)年初めて江戸を訪れたとき、アメリカ公使館付きのヒュースケンと川崎で出会い、彼の案内で江戸に通じる田舎道を通った。「そこでは全てが安寧と平和を呼吸していた」と彼はいう。「村々も、豊かな作物に覆われた広大な平野も、野良仕事の携わっている農夫達もである」。碧い海の上を滑り行く帆かけ舟、緑の庭園のような田圃、樹齢何百年の木立に包まれた寺院、花の香を運ぶそよ風、滲み通る静けさ、「全てが休息を招いていた。今まで私がこれほどまでに自然のさなかに生きる人間の幸せを感じたことはなかった」。安寧と平和というのは、たんに戸締りがいらぬととか、鍵をかけずともものを盗られないということではなかった。風景と人びとのうえに、このような輝くばかりの幸福感がみちているということだった。リンダウはその幸福感に酔い痴れたのである。
渡辺京二『逝きし世の面影』p.558
おわり。