2017.06.21 【457日連続投稿】
大学生の時に、池田晶子さんの『14歳からの哲学』という本に出会ってから、池田晶子さんの世界にハマりました。この『無敵のソクラテス』という本は、もし古代ギリシャ哲学者のソクラテスが現代にいて色んな立場の人と対話したらこうなるだろうというものを集めた一冊です。
これは結構面白いです。
登場人物
・マルチプランナー
・トレンドクリエイター
・コピーライター
(要所を抜粋)
プランナー:おい聞いたかい、ソクラテスだって!まだそんなのが居たのかね。何でも、テツガクを始めたオッサンだとか、学校で教わったような気もするけどさ。なんかこう聞いただけで感覚的にダサイじゃん。おんなじテツガクでもさ、マルチメディアミックスで高感度にコーディネートすれば、少しはイマっぽいくなるかもよ。ジュリアナ・トーキョーの次は、ソクラテス・トーキョーなんてノリでどう?冗談だけどね。
クリエイター:いや、案外受けるかもよ。なんせ、みんなもう目新しいものに飽き飽きしてるからね。ダサイが一番新しい、ダサイが一番オモシロイってことになりかねないぜ。だいたいこの世の中、ボクなんかがオモシロイよイケるよって、ゴーサイン出した通りに動くもんね。我ながら、ギョーカイでの才能に感心してるとこ。
コピーライター:ボクなんか思うに、テツガクは語感がよろしくない。こう、聞く耳を拒絶するようなタケダケしい響きがあります。この時代は、モア・ソフトリー、なおかつ少し醒めて、一定の距離を保てるところのあるコトバが好まれるからね。
ソクラテス:え、僕?いや、これは困ったね。正直なところ、ちんぷんかんぷんなのだ。君たちの話。僕の方こそ伺いたいね、君たちのしている仕事についてね。
プランナー:ボクの仕事はトレンドすなわち流行を作り出すこと。常に時代の半歩先を読む鋭敏な感性が要求されます。現代はモノと情報の洪水の中で、人々が自分を見失っている時代です。遊びもファッションもライフスタイルも、誰もが自分ひとりでは決めかねている。その意味では彼らは哀れなんですよ。そこでボクらがマニュアルを提出してあげる。この通りにすれば楽しいですよ、女の子にもモテますよと教えてあげる。すると愚かしくも哀れな彼らは、いっせいにそっちへと動く。皆と一緒だから安心するんでしょうね。他愛もないもんですよ。時々こいつらバカじゃないかと思うくらい。でも、僕らが仕掛けるトレンドで、カネが動く、モノが動く、人々が動く。ちょっといい気分ですね、それがボクらの才能が証明されるわけですから。
クリエイター:そうは言っても、あふれる情報の中で次第に目が肥えてきた人々を振り向かせるのには、かなりのイマジネーションが要求されますね。ダサイかオシャレか、彼らはそのへんをじつに敏感に嗅ぎ分ける。オシャレってのは微妙に新しいニュアンス、全体奇抜なのはダメ、それで自分は人と違うぞって、臆病な優越感をくすぐらせてやるんですよ。それが一通り行き渡って金太郎飴になったら、彼らはまた新しいものを求める。自分は違うぞって思ったり思わせたりしたくてね。それでボクらの仕事はクリエイティブなわけですよ。大衆心理の裏の裏の裏を読むためには、常にテンション高くなくちゃならないから、ハードといえばハードな仕事ですね。
コピーライター:その時代の気分は、まずコトバに反映されます。いやむしろ半歩先んじたコトバこそが、その時代の気分をつくると言える。一行の広告、一語のネーミングがズバリとそれを言い当てれば、売れるし、はやる。コトバ一つでトレンドをリードできる快感はやはりサイコーですよ。一行二百万円に憧れて、志願する若者でイッパイなんだ。
ソクラテス:へーえ、なるほどねえ。いろんな職業が成立する時代なんだね。僕は、流行ってのは自然にそうなるもんだと思っていたけど、きょうび、流行ってのはつくるものなんだ。ふむ。ところで、ひとつ素朴な質問をしてもいいかな。
三者:どうぞ何なりと。
ソクラテス:なぜ流行というものがあるのかしら。人は流行に関わらないと、暮らせなかったり死んでしまったりするのかしら。
三者:そんなことはあるわけないでしょう。流行は、最低限の生活の必要が満たされたあとの娯楽だもの。
ソクラテス:しかし、流行に関係のない娯楽もあるよね。趣味ってのは、そういうもんだろ。ひとりで何もしないことなんて、最高の趣味だと僕なんかは思うがね。
三者:現代の大衆は不安なんですよ。ひとりでいること、何もしないことなんて耐えられない。流行は、ひとりで楽しむ趣味とは違って、広く情報を消費する娯楽なんです。皆が今何をしているか、必ずしもその中身ではなくて、皆がしていることをするというそのことで楽しいと思う。まあ一種の不安心理が織り成す奇妙な娯楽ですね。殊に若者は、他人にダサイと思われることよりを何より恐れる。そして、他人より流行を先取ることで、彼らは優越感に浸れるんですよ。
ソクラテス:つまり流行とは常に、他人との比較関係において成立する現象だね。
三者:無論です。現代は自我喪失、関係性の時代ですから。
ソクラテス:ところで、あるものにとって、そのもの自身と、そのものでないもののどちらがなければそのものはあり得ないのかしら。
三者:は?
ソクラテス:自分と他人のどちらがなければ、自分はあり得ないのかしら。
三者:そりゃ自分の方でしょう。
ソクラテス:すると、自分がなければ、他人と自分を比較することもあり得ないね。現代という自我喪失の時代でも、やっぱり各人、自我はもってるね。そのものがなけれはあり得ないものと、そのものでないものがなくてもあり得るものとの、どちらが優越してるのかしら。たとえば、水のない魚と、魚のない水と。
三者:そりゃ後者の方でしょう。
ソクラテス:君たちは、流行とは他人との比較関係において成立する現象だと言ってたね。そして、流行とを先取る人ほど人は優越感に浸れるとも言った。すると、流行という現象では、優越してもいない人ほど優越感に浸れるということになるけどしれでいいのかしら。つまり、大衆は君たちがいなくなったって生きていけるが、君たちは大衆なしにはやっていけない。ということは、大衆は君たちに優越しているわけだから、君たちの側が彼らに対して偉ぶるのはおかしいと思われると言ってるだけさ。
三者:だって、じじつ彼らはボクらの提出する判定基準を求めているんだもの。彼らはひとりじゃ何も決められないんだもの。モノ選びどころか、恋愛の仕方までそうなんだ。これって無能以外の何ものでもないと思いませんか。
ソクラテス:しかし、君たちの提出する規準だって、ダサイかオシャレか、このふたつだろ。これだってかなりなもんだぜ。たとえば、この僕。君たちとは全然似ていない。二千年前から全然変わらない。こういう事実を君たちの規準では、どう判定できるんだね。
三者:流行は繰り返すものだから、以前ダサかったものが、オシャレになることもあるんです。
ソクラテス:ふむ、流行は繰り返すね。しかし、二千年僕が見る限り、繰り返しているのは人間の方だぜ。ただし、全ての人間じゃない、
、流行を気にする人間がだ。服装や髪型どころか、物事についての考え方こそが、そうなのだ。君たちの言う通り、自信がないんだね。彼らは自分では新しいつもりで自信満々でも、僕みたいな人間から見りゃ、流行にのる側ものせる側も、それこそ大同小異なのだよ。こういう人たちは、流行こそつくっても、決して歴史をつくったことがない。
三者:ボクら、歴史なんて大げさなものはどうでもいいんですよ。ボクらが面白けりゃそれでいいんですよ。
ソクラテス:その面白いってのは、新しいってことだろ?いったいなぜ新しいことをしたやつはいいことで、新しいことをはやらせたやつは偉いヤツということになってしまってるのかな。「新しい」ということは、常にそのものとは別のものとの比較において言われるのであって、それ自身について言われることではない。ところで、「よい」についてはどうかな。他と比較しなければよいと言えないものと、他と比較しなくても、それ自身においてよいと言えるものとは、そのよさにおいて、どちらがよいと言えるかな。
三者:そりゃ後者の方でしょうけど、比較せずによいものなんて決められっこないですよ。だからボクらは、新しいものほどよいと言ってるんですよ。
ソクラテス:すると、それは裏を返せば、比較されることなくそれ自身においてよいものは、新しい新しくないの決め方では決められない。つまり、「絶対的によいもの」は、新しさの基準しか持たない人には、決して理解することのできないということなるね。
三者:いいですよ、それだって。絶対的にイイモノなんて、ボクらどうだっていいもの。そんなもの、きっとすぐに飽きるもの。
ソクラテス:君たちは新しけりゃいいんだろ?ところが、その「絶対的によいもの」が、最も新しいものである場合は、どうするね。君たちは、それが時代の最先端に現れたときにも、決して理解出来ない。君たちの分かる範囲の新しさしか分かることができないから、遅れをとることになるだろうぜ。これは君たちトレンドリーダーとしては、致命的なことではないかな。
三者:それは大変だ。どうしよう。
ソクラテス:考えてもごらんよ。俺はアイツより新しいの、こうすればウケるんだろうの、あれこれ周囲を気にしながらつくられたものが、何でクリエイティブなもんかね。本当に新しいことをしたけりゃ、新しさなんか気にするのをやめることだね。
三者:それじゃ仕事になりません。
ソクラテス:まあそうだろうね。しかし、安心したまえ。世の中ってのはうまくしたもんで、その手の真に新しいものは、人類の歴史をつくりこそすれ、巷のミーちゃんハーちゃんにウケるようにだけは、決してならんからね。 で、例のソクラテス・トーキョーの件だけども、たぶんハズレると僕は思うな。だって、やっぱり、なんとなくダサイもの。
おわり。