2018.01.25 【674日連続投稿】
今日、私が生徒に「諦めた時がコミュニケーションの終わり。諦めたら決して伝わらない。」と言ったことを思い出しました。
確か、給食の時にAがBにいつも頼んでいることをお願いをしたのですが、BはAに「いやだ。やらない。」と言って、Aは頼むをやめて、「なんだよアイツ気分で変わるのかよ」というような態度を取っていました。
一見、Bは気分で変わるヤツと思われるかもしれません。今回、気分で変わることはさて置き、話せば理解してその気分がまた変わって、お願いを聞いてくれるということは前提で話を進めています。
Aには、「ちゃんとお願いする理由も話せば、伝わるかもしれないよ」と私が伝えた後に、AがBに理由も含めてお願いを再びしたら承諾して動いてくれました。
その一連の出来事をみて、ふと「自分自身もこれは、伝わりようがないから最初から諦めてかかっている時がないか?」と自分自身の心に手を当てるような気持ちになりました。
基本的に聞く(受信)・話す(発信)がないと生まれないのがコミュニケーションです。
聞くもなけりゃ、話すは一方通行だったり、受け取られないものになる。逆に聞く気があっても、話がなけりゃ受け取りようもない。
どっちがなくてもコミュニケーションは生じない。
だから、伝わらずに「あの人には伝わらない」と思うのは、ちょっと早い。自分が諦めたらそもそもコミュニケーションは終わりなんだということが当たり前のようだけども、しっくりと感じました。
おわり。