名前?苗字? ひろやすの生き様ブログ

「ひろやす」と聞いて、名前だと思われる方が大半です。

本日のつれづれ no.651 〜最近、和太鼓叩いてます〜

2018.01.17  【666日連続投稿】

 

 普段、仕事のことは書かないのですが、これは書きたいなと思ったので、書きます。

 今週の月曜日から定時を過ぎた後に、和太鼓を叩いています。どうやら、来週の月曜日にある音楽の授業で生徒にお手本として見せたいらしく、期間限定?の和太鼓部ができました。

 

 私自身、音楽はさっぱりで小学生のころの音楽発表会の時は、いかにやってるように誤魔化すかということを6年間貫いてきました。音楽の授業は好きではなかった記憶があります。

 

 そんな私が毎日定時の後に和太鼓の練習をしています。普段使わない筋肉を使うのでしょう、腕や腿が筋肉痛です。でも、楽しいのです。3日目の今日で課題曲の「寄席囃子」がある程度打てるようになってきています。ビギナーズラックかもしれませんが、楽しいです。

 

寄席囃子はこんな曲です

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

風楽舞 寄せ囃子 - YouTube

 

 

 やはり、苦手なことでも「できる・できない」に拘らず、とりあえずやってみることが大切なんだなぁと今週は自分の肌で感じています。

 

 できないことも、やり続けてさえいれば、自ずとできるようになる。

 

らくだや毎日書くことから学んだことです。

その学びが自分の中に落とし込まれているような感覚です。

 

 先生同士でこういうことやるの楽しいんですね。

 

おわり。

読物つれづれ no.13 〜野口晴哉『風邪の効用』〜

2018.01.16  【665日連続投稿】

 

読物つれづれとは、私が読んだ本の記録として、感想・気づき・印象に残った箇所の紹介をするものです。

 

13冊目は、『風邪の効用』(著:野口晴哉)です。

 

風邪の効用 (ちくま文庫)

 

 この本のタイトル違和感が最初にありました。だって、風邪の「効用」ですよ。効用っていうと、薬の効き目だったり、温泉だったりで見かける言葉で、体にいいことのニュアンスで使われるものだと思います。それが風邪に使われているとは、なんともおかしいと私は思っていたのです。

 

 ということで、この本を読んで今まで私が知らなかったけど、この本が言うことで「なるほど」「そうだったとは」「謎すぎる」と思うことを5点に厳選して紹介したいと思います。

 

・風邪を引くと、鈍い体が一応弾力を恢復するのです。だから血圧が高い人は低くなってくる。血圧が低くなるというよりは血管が柔らかくなってくる。(なるほど)

 

・風邪をどう経過するかということが最も重要な問題になる。風邪はそういうわけで、敏感な人が早く風邪を引く。だから、細かく風邪をチョクチョク引く方が体は丈夫です。だから私などはよく風邪を引きます、ただし四十分から二時間くらいで経過してしまう。クシャミを二十回もするとたいてい風邪は出て行ってしまう。風邪を引いた時のクシャミというのは一回毎に体中が弛んでいく。慣れているから自分で判るのです。(謎すぎる)

 

・最近の病気に対する考え方は、病気の恐ろしいことだけ考えて、病気でさえあればなんでも治してしまわなくてはならない、しかも早く治してしまわなければならないとかんがえられ、人間が生きていく上での体全体の動き、或いは体の自然というものを無視している。仕事のために早く治す、何々をするために急いで下痢を止めるというようなことばかりやっているので、体の自然のバランスというものがだんだん失われ、風邪をスムーズに経過し難い人が多くなってきました。(なるほど)

 

・私はよく「風邪がうつるといけないから、うつりたくない人は同じ部屋に寝れないこと」などと、特にお嫁さんの風邪などにはよくそれを言いますが、風邪というものはうつらないのです、本当は・・・。けれども一人で寝かせないと弛まないので、それで“うつる”ということを便宜的に使っています。(そうだったとは)

 

・風邪を引いたからお風呂の入り方を訊いているかと思うと、そうではなく「風呂を止めた方がいいのか、止めない方がいいのか」と相談されるので、おかしくて仕方がない。風呂の入り方次第で、風邪は風呂に上手に入りさえすれば簡単に抜けるのですから・・・。(そうだったとは)

 

これは一生、お世話になる本だと感じました。

これを読んで、これまで日頃からシャワーで済ませていましたが、お風呂に入るようになりました。

 

おわり。

 

本日のつれづれ no.650 〜リルケ『若き詩人への手紙』より〜

2018.01.15  【664日連続投稿】

 

 あなたはまだ本当にお若い。

すべての物事のはじまる以前にいらっしゃるのですから、私はできるだけあなたにお願いしておきたいのです、

あなたの心の中の未解決のものすべてに対して忍耐を持たれることを。

そうして問い自身を、例えば閉ざされた部屋のように、あるいは非常に未知な言語で書かれた書物のように、愛されることを。

今すぐ答えを捜さないで下さい。

あなたはまだそれを自ら生きておいでにならないのだから、今与えらることはないのです。

すべてを生きるということこそ、しかし大切なのです。

今はあなたは問いに生きて下さい。

そうすればおそらくあなたは次第に、それと気づくことなく、ある遥かな日に、答えの中へ生きていかれることになりましょう。

おそらくあなた御自身の中に、造型そ形成する可能性を持っていらっしゃることと思います、

特別に幸福な純粋な生の一つのあり方として。

これへ向かってご自身の芽をお伸ばし下さい。

 

リルケ『若き詩人への手紙』より(訳:高安国世)

 

おわり。

本日のつれづれ no.649 〜『深く吐いて、リラックス -ハルのインドヨガ留学体験記』を紹介〜

2018.01.14  【663日連続投稿】

 

 大学3年生の春休みに友人と学生団体をつくって、インドへ行きました。その時のメンバーのハルが昨年再びインドに渡り、45日間ヨガを通して学んだことを書いていました。

 最近書いた「ひとりの時間を持つこと」ということに関して繋がっていると思い、思わず「そういうこと!そういうこと!」みたいな感覚になっているのでシェアします。ハルの文章は私の文章よりはるかに読みやすいので、是非。

 

こちらがリンクです

↓↓↓↓↓↓↓↓↓

深く吐いて、リラックス ~ハルのインドヨガ留学体験記~ – いんどネタ帳

 

f:id:hiro22yasu13:20180114195955j:image

 

 記事を読んで、最も「そういうこと!」と感じたのは、自分の課題を掘り下げていくことをしているところです。嫌だと感じる自分から目を背けず、目を向けすぎず、感情を感じ切っているからこそ、見えてきたであろうハルの答えがあったのではないかと思いました。感じ切ることは、「ひとりでいる」からこそできることです。また、自分の気持ちを出せる人が周りにいると安心して感じ切れます。そんな時間をインドで過ごしてきたんだなぁと思いました。

 是非、ハルの記事を読んでみてください。

 

おわり。

本日のつれづれ no.648 〜どこかへ行こうとするから現状が分かるのかもしれない〜

2018.01.13  【662日連続投稿】

 

家にずっといても楽しいが、外に出た時も楽しい。

 

今、初めて家の外に出たいとしよう。

その時初めて、分かることがある。お隣さんは大きな家で駐車場が広いこと、対面には美味しそうなお蕎麦屋さんがあることだとか。

あぁ、自分はこういう街並みの中で生きてるんだなと知ることになる。

「富士山に登りたい」と思ったならば、今この場所はどこで、どうやって富士山に行って、装備にはこれが必要...などなど調べて初めて、今の自分の状況が分かる。これは持ってる。あれは持ってないとか。

  そうしてくると、そこまでやるなら面倒だなとか。どうせなら他人も誘おうかなとか。色々自分の感情も新たに湧いていて、そもそも「なんで富士山登りたいんだ?」と自分に問いが生まれたりする。

 じっとしてるのも充分楽しいし、じっとしている時期はとても大切。

自分の奥の奥に入っていくためには、一人でいなきゃできない。

 ずっとひとりでいると、もうこれ以上奥に入っていけず、同じところをグルグルしてるなぁと思ったら、外に出てみるタイミングかもしれない。

外に出るきっかけは、どこかに行きたいでもいいし、美味しいお蕎麦屋さんに行きたいでもいい。

そうした時に、グルグルから抜け出して、もっと自分が見えてくる。

 

 これからどう生きたいか?

というのも同じように思う。

 

立ち止まる時と外に足を運ぶ時のどっちも大切。

今回は、外に足を運ぼうとしただけでも分かることってあるという話でした。

 

おわり。

本日のつれづれ no.647 〜10年持続することの意味〜

2018.01.12  【661日連続投稿】

 

 なんでも10年やり続ければ、その人のものになり一人前になると聞きます。実際、そうであった詩人であり戦後最大の思想家と呼ばれる吉本隆明さんの言葉です。

 

 それのどこがいけないのかと当人たちは言うかもしれません。ぼくはいけないとは言いませんが、なるべく早く、引っ込み思案なら引っ込み思案の自分に合った仕事を見つけたほうがいいんだよ、ということは言いたいです。

 なぜなら、どんな仕事でも、経験の蓄積がものを言うからです。持続ということは大事です。持続的に何かをして、その中で経験を積んでいくことが必要ないような職業は存在しません。ある日突然、何ものかになれるということはないということは、知っておいたほうがいい。

 アルバイトの中には、時間を切り売りするだけとか、肉体労働で体力だけを必要とするとか、そういう仕事もあります。しかし、そういった仕事を本当に満足して一生やっていけるかというと、そういう人生はあまり多くないはずです。人に満足をもたらす仕事には熟練が必要であり、また、熟練するほど賃金もよくなります。本人にも自分は何かを身につけたという実感があります。

 たとえば物書きというのは虚業で、政治家の次くらいにくだらない職業ですが、それでも持続ということが大事であることは変わらない。才能がどうこう言っても、10年続けないと一人前になれません。

 逆に言うと、10年続ければどんな物書きでも何とかなります。毎日毎日、5分でも10分でもいいから机に向かって原稿用紙を広げる。そして毎日書く。何も書けなかったとしても、とにかく原稿用紙の前に座ることはやる、それを10年やれば、その人は100パーセントものになります。

 これは、どんな仕事でも同じです。どんなに頭のいい人でも、毎日継続して「手を動かす」「手で考える」ということをしない限り、5年もすれば駄目になる。手を動かし、手で考えるとは、物書きの場合ならともかく書き続けることであり、書けなくても毎日原稿に向かうことです、文学者であろうと職人さんであろうとバイオリン弾きであろうと同じです。

 

吉本隆明『ひとりということ』p.127~128

 

おわり。

読物つれづれ no.12 〜吉本隆明『ひきこもれ』〜

2018.01.11  【660日連続投稿】

 

 読物つれづれとは、私が読んだ本の記録として、感想・気付き・印象に残った箇所を紹介するものです。

 

12冊目は、『ひきこもれ』(著:吉本隆明)です。

 

ひきこもれ―ひとりの時間をもつということ (だいわ文庫)

 

 価値を生み出すためには、絶対にひきこもらなくてはならないし、ひきこもる時間が多い人は、より多くの価値を増殖させていると言えます。

 でも、コミュニケーションということで言えば、ぜんぜん駄目だということになるのでしょうね。「あいつは鬱陶しくてしょうがない」と言われるでしょう。

 それでも、その人の内部では、豊かさが増えていっているわけです。他の人にはわかりにくいでしょうが、何かの時に、その豊かさが伝わるということがある。「よくよく話してみたら、このひとはいろいろなことをかんがえているんだな」と思ってくれる人も出てくるはずです。

 ひきこもりの傾向のある人は、暗いとか話が盛り上がらないとか、あいつと一緒にいても気心が知れなくて面白くないとか、そんなことを言われているかもしれません。もし、それがコンプレックスになっている人がいたとしたら、それは決して悪いことではないのだということを覚えておいてください。

 あなたは、明るくて社交的ではないかわりに、考えること、感じて自分で内密にふくらませていることに関しては、人より余計にやっているのです。それは、毎日毎日、価値を生んでいるということなのです。

 

吉本隆明『ひきこもれ』p.42~43

 

おわり。