本日のつれづれ no.316 〜目標や評価について〜
2017.01.23 【308日連続投稿】
誰かが発したことから湧き出てくることが多くなってきています。
最近、仕事柄「目標」や「評価」についてよく考えます。
どうも多くの人が
「目標を達成できない=良くないこと」
「できないこと=良くないこと」
という価値観を持って生きているんだろうと、僕は思ってしまっています。
目標に向かうことは、確かにやってる感や充実感があり、達成した時は気持ちがよく感動を覚えることもよくあります。
しかし、目標が達成できなかったことで、達成できなかった自分やあの人は「良くない」「ダメ」など、ネガティヴな自己評価や他者評価をしてしまいがちなんじゃないかなぁと思っています。
評価を下す側もこの目標を達成できなかったから、良い面の評価ができず苦しんでいるのも珍しいことではないのかもしれません。
みんなそれぞれ良いところや素敵なところがあるのに、目標を据えることでそれが疎外されて観られがちであったり、目標に対した評価でなければならないことが本当は良いところたくさんあるけど伝えられなかったり、目標や評価による弊害が小さくないと思っています。
目標や評価を上手く使うことができない環境の中で、評価する側も与えられる側も苦しんでいるように僕は思えてきてしまいます。
評価なんて自分の中の一側面に過ぎない。
とか思えるといいのですが、なかなか子供の時から評価を気にして生きていると今の僕自身「評価がいいことが良いこと、評価が悪いことは良くないこと」と一瞬頭によぎります。
目標や評価なんか要らないというわけではなく、それ以外の側面もあることをしっかり意識して働きたいですし、子どもと関わっていきたいです。
僕自身に置き換えてみると、子供の頃から目標を立てたりすることや先を見通して行動することがとても苦手だと思っていて、どちらかというと行き当たりばったりな人生で両親とか先生に心配や迷惑をかけてきたと思います。自分はそういう生き方で何とか周りに助けて頂きながらやってきたと認識しています。
目標を立てたり、先を見通して逆算する生き方が苦手なら他の考え方を少しずつ知ってきていると今は思っています。コツコツ・淡々と生きる中で気付いたらこんな場所に来ていたというような感じになる生き方もあると知ってから、何かを淡々とするようになり、以前と違いを感じます。日々の日常を大切にして、自分の気持ちを無視せず、周りの声に耳を傾けていることを大切にしていきたいのだなぁと過去の記事を読むと感じます。
目標とか評価については、人それぞれ考えがあって、あの考えで成功した人がいるから自分もそうしようというものではないのだと思います。
自分の考え方なんてそうそう簡単に生まれるものではないと痛感しています。時間をかけて、周りの意見を聞きながら(特に自分より長くいきている人の声)、湧き出たことを1つ1つ丁寧に咀嚼することを今は大切にしていきたいです。
咀嚼した結果、多くのことが結構自分が勝手にややこしくしていたり、上手く整理されていないことから生じたり、実は別のことが問題の根本にあったりする気がしています。
色々書いていると、今回もなんだかそんな気がしてきました。
まぁ、今の学べることは今のうちに学んでおこう。
おわり。